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6年後の未来予想図

今週も夫と秋の散歩を楽しんだ。

今日は調子が良さそうなので、駅前の商店街まで足をのばした。

商店街といってもファーストフード店も本屋もスーパーもなく、櫛の歯が欠けたように空き店舗が目立つ。.

「もうちょっとお店があると楽しいのにね。」なんて夫に話しかけながら歩いていると、

おや?シャッターが閉まっていた店舗に人気の唐揚げ専門店がオープンしたではないか。

唐揚げの聖地、大分県中津の日本一の唐揚を売っているらしい。

そういえば私が作ったとんかつや唐揚げを大喜びで食べてくれたなあ。

よし、買って食べてみよう!

夫と二人で店の中に入ると、若いアルバイトのお兄さんが一人できりもりしていた。

一番少ない100g3個を注文すると番号札を渡された。注文してから粉をまぶして揚げるらしい。

お兄さんが調理場で私たちの注文した唐揚げを揚げ始めると、

(味にうるさそうな)我々中年夫婦が店に入ったのが呼び水になったのか、急にお客さんがどっと入ってきた。

お兄さんがこの人たち全員の注文を受けている間に私たちの唐揚げが焦げちゃったらどうしよう、

と心配したら丁度良く店長さんが戻ってきて、タイマーが鳴った私たちの唐揚げを油から救い出してくれた。
 
唐揚げが思いのほか大きかったので、ここで食べずにホームの夕食時に他のおかずと一緒にいただくことにした。
 
その日の夕食、筑前煮ときゅうりとわかめのあえもの+唐揚げ3つを夫はぺろりと完食してくれた。

最近なかなか自分で食べてくれないのだが、お箸をもたせると自ら唐揚げを食べようとするではないか。

スタッフさんも「好物は食べっぷりが違うね、」と感動していた。

夫だけおかずにオプションがつき時間をかけて食べたので、周囲の他の入居者さんが気を悪くしたかなと思ったら、

なんと前にいたおじいさんが私に

「私が早く食べてしまってごめんなさい。家でもいつも早すぎるっておこられてたんです。」

と謝られてこられた。私もあわてて

「いえいえ、こちらこそ食べるのが遅れてごめんなさい、」

とおじいさんのやさしさにほっこり感動しながらあやまった。みんな良い人だ。


ところで今週末は、夫といつも通りの夕方を過ごしながら、ずっとmomoさんとご主人のことを考えていた。

先週momoさんが長年書かれてこられた介護ブログを卒業された。

16年間若年性アルツハイマーと闘っていたご主人が天国に召されたのだ。

散歩先に高くそびえたつ皇帝ダリアを見て、

「momoさんのお宅の皇帝ダリアは今年花が咲かないのかな。この花が咲いたら写真を送ろうかな」と考えた。


momoさんには心から感謝しています。

若年性アルツハイマーの介護で必要なことはすべてmomoさんのブログから教わった気がする。

もしもmomoさんのブログに出会わなかったら、私はこのやっかいな介護から逃げるために

無理やり何かの病気になるか、あるいは犯罪者になっていたかもしれない(笑)

夫の発病から2年後、当時の私はかなりの闇を抱えていた。

一番の悩みは夫の不穏状態であった。

精神科医の前では

「全く困ったことはありません。家では読書と犬との散歩を中心とした充実した生活をしています。」

と優等生の発言をするのに、家に帰ると些細なことで不穏状態になり私に当たり散らした。

更に主治医の「認知症の進行が如何に抑えられるかは、結局のところ家族の対応にかかっています。」

という言葉が当時の私の心に重くのしかかっていた。

主治医がテレビで紹介した、太陽のように明るくて心から夫を愛する妻に介護されて充実した毎日を過ごす

若年性認知症の男性患者の介護例を見ると、

いやいや介護をして夫を不穏状態にさせている我が家の状況が情けなくなり益々落ち込んだ。

主治医に夫の不穏状態を相談するのが恥ずかしくなり、次第に通院自体が苦痛になってきた。

不穏状態がひどくなると益々夫が嫌いになり、病気の夫を嫌う最低の自分に嫌気がさす。

ーという負のスパイラルに陥っていた時にmomoさんのブログに出会った。

夫と同様混沌とした状況にもがき苦しまれているご主人に真っ向で向き合っているmomoさんの存在は

私を大いに勇気づけてくれた。

私達夫婦のように時には罵り合い時には気を使い過ぎて、身も心もボロボロになって疲れはてて、

「一体何のために生きているんだろう。」と自問自答しながら生きていくのもありかな、と思えるようになった。

やがてmomoさんに見習って自分もブログを書き始めた。

それから現在に至るまで、病気の進行や家族の変化に応じて夫に対して怒り、同情、憎しみ、憐憫、尊敬、感謝、

その他数えきれないほどの多様な感情が沸き起こった。

そして、どんな感情が湧き上がっても、

「きっとmomoさんもこれと同じことを考えたことがあるはずだ。」

と思って自分を安心させようとしていることに最近気がついた。


momoさんのご主人と夫の病気には6年のタイムラグがある。

だからいつもmomoさんのブログの内容を6年先の夫の姿に同期化させて拝見していた。

6年先の未来予想図が描けるからこそ今を大切にしようという気持ちが芽生えた。


夫はこれからも若年性アルツハイマーという病気を背負って生き続けなくてはいけない。

在宅介護でない私が彼のために出来ることは、何が彼のためになるかを真剣に考え続けることくらいだ。

彼の存在が周囲の人を幸せにして、周囲の人が最後まで彼を好きでいることー

これが本来の彼が一番望んでいた事かな?と今は思っている。
 
そんなことを考えるようになったのも、すべてmomoさんのおかげです。

長い間ありがとうございました。
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テーマ : 幸せに生きる
ジャンル : 心と身体

彼岸花で月餅を

天災と酷暑に見舞われた今年の夏もようやく終わりを告げ、秋祭りの太鼓の音が響く季節となった。

夫は元気です。

毎月送ってくる書類に、次のようなスタッフさんによるちょっと愉快な近況報告が同封されていた。

 朝食はほとんど欠かすことなく召し上がっています。
 夏の風物詩である「流しそうめん大会」では美味しそうに沢山召し上がっていました。
 先日職業体験できた高校生の女の子に近寄られてやさしく頭をなでられている姿が印象的でした。
 優しいお父さんの顔をされていました。

早速娘たちに紹介すると、

「だいぶシュールな報告だな笑」 と予想通りの反応があった。

週末に施設に行った時に、この話題をスタッフさんにふってみると

「そうなんですよ。高校生の女の子に自然に近づいていって、いい子いい子って頭をなでられて。」

「それは、高校生さぞかしびっくりしたでしょうね。おじいさんでない人からちょっかいだされて。」

「はい、固まっていました。」

「最近何を見せても反応がないから、あまり見えていないのかなって心配していたのに

 ちゃんと見えてて、しかも若い女の子って認識できているじゃないですか。」

「きっとね、娘さんたちのことを思い出したんですよ。」

「アハハ、まあそういうことにしよう。」

それからいつもの遊歩道を散歩した。

用水路の土手に咲き乱れる深紅の彼岸花が秋の到来を告げている。

「ほら、彼岸花が咲いているよ。今日はお彼岸だね。」

「オ・ヒ・ガ・ン・・・・・」 

ゆっくり歩いていると、向こうからうわさの部活帰りの可愛い女子学生がやってきたではないか。

夫がどうするか観察すると、本当に話しかけながら近づいて頭をなでようとしている!

彼には申し訳ないが「アウト!」と伸ばしかけた手をしっかり抑えてお嬢さんに笑顔であいさつした。

前は散歩中年配の男の人を見ると「先生だ。」といってあいさつしまくっていたが、

(それは見栄で)本当に気になっていたのは若い女の子だったのか・・・・。
 
いつものベンチに腰かけて一休み。

もってきた出張みやげの台湾の月餅を食べてもらった。

「ほら、月餅だよ。もうすぐ中秋節だよね。」

といって手に持たせると、自分で口に運んで

「美味しいね」と久しぶりに言ってくれてうれしかった。

美味しいものはちゃんと美味しいって言ってくれるんだ。

次回からも彼が喜びそうなおやつを探して食べてもらおう。

夫と秋風に吹かれて彼岸花を見ながら月餅をいただく、至福のひと時だ。

二人でほっくり秋の訪れを味わっていると、どこかでお見かけしたことがある女性が、

「こんにちは、Fホームでご一緒させていただいたTです。

 突然ごめんなさい。お見かけしたのでごあいさつしたくて。」

と私に話しかけてこられた。

Tさんのお母さまも夫がいる施設に4年間いらしたので、施設で会うと軽く挨拶をかわしていた。

「実は母が先月亡くなったんですよ。」

「それはご愁傷さまでした。さみしいですよね。」

「もう90歳でしたからまあ大往生なのですが、やっぱり大切な人がいなくなるとぽっかり穴があいたようで。

それにね、私あのホームがとても好きだったから行く用事がなくなっちゃったのがさみしくて。」

「わかります。ホームに行くと癒されますよね。皆さん良い人ばっかりだから。」

「そう、だからこれからボランティアで時々おじゃまさせてもらおうかなって考えているの。」

そういいながら、まだホームに行く権利がある私をうらやましそうに見ていた。

「いつも、だんなさんと仲良く散歩されていていいなって思っていたんですよ。」

「Tさんとお話をしたら、こうして夫と散歩をして、ホームのスタッフさんにやさしい言葉をかけてもらえる私が

すごく幸せ者に思えてきました。あまり深く考えずにこれからもここでの週末を大切にします。」

「そうそう、いつまでもお幸せにね。」

連れ合いが認知症になるとどうしてもあれこれと深く考えすぎて、鬱々とした思いが溜まってきてしまう。

元々はお互いに学びあい問題点は遠慮なく指摘する対等な関係であった二人が、病気の進行とともに

相手を怒らせないために本音を言わずにあやし続ける介護者と被介護者の関係にすり替わってしまった事実を

いまだに受け入れたくない思いがある。

「お花がきれいだね。」「赤ちゃん可愛いね。」

「秋がきたね。涼しくなったよ」

といいつつ、「こんな浅い会話、彼にとってはつまらないだろうに。」と心の中はずんと醒めている。

本当の気持ちを言えない間柄であることに対する違和感や、

彼のこれからを他者の私が決めていくことに対する罪悪感にこれからもずっと苛まれるのだと思う。

それでも今日の散歩は、夫と月餅を食べてスタッフさんやTさんとお話できて素直に楽しいと感じることが出来た。

とりあえず人から憐れまれる存在でもなく、誰からも非難されることもなく

むしろうらやましいと言って下さる方もいる現状に感謝して、

今年の秋を私たちなりに楽しんでいこうと思う。

テーマ : 幸せに生きる
ジャンル : 心と身体

愛ある診察

先週は夫の主治医のT先生の往診に同席した。

施設の夫の部屋で夫と一緒に百恵ちゃんのCDを聴きながら待っていると、T先生が色鮮やかなアロハシャツと

デニムの私服姿でさっそうといらしたのでびっくり。

百恵ちゃんよりサザンの方が先生の登場曲として相応しかったかなと思った。

「どうですか、お変わりありませんか。」

「ごはんをちゃんと食べていますか。」

というT先生のいつもの質問に夫が反応しなかったのは、

夫もT先生のアロハシャツ姿に衝撃を受けたからかもしれない。

「前回はもっと私にいっぱいお話してくれたのになあ。」

と首をかしげながら、今度は私に

「奥様最近ご主人の様子はどうですか。」

と尋ねてきた。

「やっぱり少しずつ進行していると感じます。毎週一緒に散歩をしてから夕食を介助していますが、

 自分からは全く食べようとはしないから全部食べさせてあげます。

不思議なのは、夫と同じテーブルにいる認知症で車椅子のご老人たちが、不自由な身体をくねらせながらも

なんとかご自分で食事をされているのです。

夫はまだ若くて身体は健康なのに何故自分で食べようとしないのか、ちょっと情けないです。」

T先生は軽く微笑みながらこうおっしゃった。

「これが若年性認知症の特徴なんです。

 体の老化より脳の萎縮が先に進むから、身体の衰えの前に食べる機能が失われて行きます。

 これから先に、外見は元気そうなのに嚥下機能が落ちて誤嚥性肺炎を繰り返すようになり、

 胃ろうを行うかをご家族が決断しなくてはいけない時が来るかもしれません。」

 これも若年性アルツハイマー患者の家族を悩ませる問題の一つなのであろう。

  寝たきりで高齢の認知症患者が段々と食べられなくなった結果静かに世を去っていくのは

  天寿を全うした結果として納得できよう。

  でも、もしも還暦を過ぎたばかりの男が、見かけは元気であるが認知症が進行した結果

  口を開けて物を食べ噛んで飲み込むという食べる行為ができなくなったらどうするのか。

  「生きる意志がなくなった」と捉えて食べ物を与えず死に至らせるのを「自然死」と考えるか、

  それとも「餓死」と考えるのか・・・。

  これから色々辛い決断を迫られる時が訪れるのかと思うと気持ちがどんよりと重くなる。
 
  
 次に施設看護師のNさんが、最近の夫の状態を報告した。

 3階から食堂とスタッフルームに近い1階に部屋を移した結果、朝早く起きて朝食を食べるようになったが、

 その代わり、昼間かなりの時間部屋のソファでうつらうつらと居眠りをしているらしい。

 これに対してT先生は、

 「では昼間服用していたクレチアピン(精神安定剤)を止めてみましょう。

 それで傾眠が減って、またイライラすることもなければ良いのですが。」

 と減薬を提案しその意義について、看護士のNさんにこう伝えた、

 「この方はここに来る前不穏状態を抑えるために相当量の薬を飲んでいて、副作用が現れていました。

 それからかなり減薬をしましたが、それでも穏やかな生活を送られているのは、

 このホームの皆さんがこの方の性格に合った適切な介護をしているからだと思います。

 認知症の方が飲む薬が少ないのは良質の介護をしている施設という証明になり、大いに自慢できます。

 大変かもしれませんが、薬を止めて試してみてください。それで無理ならまた考えましょう。」

 T医師はホームの看護師さんに良く「減薬」という課題を与えている。

 あるいはこのホームなら認知症の介護に対する自分の思いが伝わるかもしれないと期待して

 前向きな指導をしているのかもしれないと思った。

 思い起こせば、始めてT医師の診察を受けた時、「上から目線の傲慢な先生!」と最悪の印象を抱いた。

 だって看護師のNさんにいきなり

 「ずいぶんつまらない介護をしているんだね。 それじゃあこの方が夜中に徘徊するはずだ。」

 と暴言を吐いて、介護者の私とNさんを泣かせてしまったのだから。

 あれから4年。T医師の月一回の診察は医師と介護スタッフと家族が互いに学びあう場となった。

 数々の問題に真摯に向き合い夫を支えて下さったT医師と施設の皆さんには感謝あるのみだ。


 食事の話題の時に夫の体重がこの一年で4キロ位減ったことを話すと、先生は

 「太った認知症の人って本当に少ないんですよ。ほとんどが痩せる。」

 と興味深い事実を指摘された、確かにそういわれてみると太った認知症の人ってあまり見かけない。、

 「一日中徘徊する方はすごい運動量になるのでかなり痩せます。

 食物を消化吸収する能力が衰えてくるのもやせる一つの原因です。

 若年性の方が老人ホームで老人向けの食事を食べているとタンパク質不足になる傾向があります。

 ご主人の場合、食事以外にゼリー状のたんぱく質を摂取するのもよいでしょう。」
 
 ついでに私が、夫の中性脂肪が多いのが気になるというと、笑ってこうおっしゃった。

 「太っていないのに中性脂肪やコレストロールが高いのを心配する必要があるのは

 10年後に脳梗塞などの病気になるのを予防するためですよ。

 ご主人の場合は中性脂肪が少し高くてもあまり神経質にならずに、

 好きなものをいくらでも召し上ってよいのではないでしょうか。」

 確かにそうかもしれない。余計なことは心配せずに夫の大好きなとんかつを今度ご馳走しようかな。


最後にT先生は私に

「ところで奥さん、経済的には大丈夫ですか。」

と我が家の経済状態を心配してくれた。

「はい、施設の皆さんが良くして下さるお陰で十分に働くことが出来ます。

今の職場は70歳まで働けるそうなので引き続き頑張って働きます!」

と答えたら、それは良かったとうなづいて

「いや、他の若年性認知症の介護者の方が、『先生、まさかこんなに介護が長引くとは思いませんでした。

もうお金が続きません。ここだけの話ですがそろそろぽっくりきて欲しいです。』とおっしゃっていたので。」

と笑いながら言い、さらにこう付け加えた。

「海外では日本のように末期の認知症患者を何年もで延命させることはありません。

食べられなくなったら胃瘻や点滴で命を繋げずに、自然に天命を全うさせる看取りの形が定着しています。

どういう看取りを希望するのか、今から考えておかれても良いと思います。」

T医師は、「認知症になった家族が寝たきりになっても一日でも長く生きられるように頑張り続けることが

家族としての最大の愛情表現」とする日本の風潮に異を唱えたいように見受けられた。


T医師は今までの夫の主治医の中で一番夫の性格を理解していらっしゃると思う。

毎回の診察中に夫が延々と語る意味不明の会話を辛抱強く聞いて、そこから夫の元の人柄を推測した。

施設で夫の不穏状態がおきた時に、T先生が

「確かに今この人は怒鳴ったりするけれど、元々はそういう人でない。

多少怒鳴っても、人に暴力をふったりすることは絶対しません。」

とスタッフさんに夫の人格を力強く保証して下さったことがとてもうれしかった。

もしかしたら夫のことを同世代のちょっとはじけた仲間と思ってくれて、

今後のことについても夫の立場になって考えて下さるかもしれないとひそかに期待している。


アルツハイマーは治る病気でない。だから主治医には「治療」を期待できない。

看取りの時期に近づいてきた私が主治医に期待しているのは、何がこれからの夫にとって本当に良いのか

家族や介護スタッフと一緒になって考えて、親身なアドバイスをして下さることである。

医療行為にAIが参入する時代となったが、今の私が欲しているのはAIでなく、愛が感じられる診療だ。

夫の病気に翻弄され続けた10年間であったが、その病気を通じてT先生と今の施設の、

心の琴線に触れる診療と介護に巡り合うことが出来て良かった。

来月の往診もなんとか参加できそうだ。

次回の往診の時は夫とおそろいのアロハシャツを着てサザンのCDでも流して、今度は私たちが先生をびっくりさせようかな。

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アフター還暦

長らくブログを放置してしまいましたが、私たち一家はみな元気にしています。

一番元気なのが夏生まれの私。

高温注意報が出ている週末にいつもの10キロのランニングコースを汗だくで走り、今年の酷暑を満喫している。

そんな私がついに還暦を迎えてしまった。


体力的にはまだなんとかいけそうだが、脳と顔の劣化が著しい。

鏡を見るたびに「はあ、このほうれい線何とかならないか。」と思わずため息をつく。

でも気分の方はきわめて良好、優しい職場仲間と純朴な飼い犬と主人に恵まれ、平穏無事な毎日を過ごしている。

明鏡止水の心境で還暦を迎えることが出来たのは、50歳代に得難い人生勉強をさせてもらったからだと思う。
 

子供のお弁当作りが終わり美ジョガーめざしてランニングを始めた矢先に、まさかの夫の若年性アルツハイマー告知。

子育てを卒業してようやくできた自分磨きの時間の大半が夫の介護に費やされることになった私のストレスと、

いきなり不治の病を宣告されて仕事を辞めされられた夫の絶望と怒りが核反応を起こした結果、

我が家はお隣さんも凍り付く戦場と化してしまった。


ブログに書きつづった「歩く火薬庫」の夫と「走る介護者」の私の壮絶なバトルの記録は、

多くの同じ立場の方から共感と励ましのメッセージをいただいた。


連日の涙も声も枯れる不毛のバトルから私が学んだことはただ一つ ーー

  どんなに介護者の私が仕事との両立や夫からの言葉の暴力で忙しく苦しい思いをしようと

  51歳で突然仕事を失い介護される立場となった夫の苦しみに勝ることはない。
 
夫の塗炭の苦しみに向き合ったからこそ、自分が仕事と健康に恵まれた60歳を迎えられたことを

 心から嬉しく感じることができるのだと思う。

夫に比べてあまりにも恵まれた60歳を迎えたので、娘たちには

「みんな忙しいから私のためにお祝いをしてくれなくても良いよ。」と還暦祝いをしてもらうのを断り、

その代わりに元気な自分へのお祝いとして一人山登りを実行した。
 
2時間半ほど岩だらけの山道を懸命に登り、やっとの思いで頂上に着くと、遙か彼方にスカイツリーが見える・・

フルマラソンとまではいかないがハーフマラソンを完走した時と同じくらいの達成感を味わうことが出来た。

顔と脳は残念な状態になりつつあるが、こうしてやりたいことがあり、それを一人で実行する気力と体力がある。

趣味を楽しみ働く喜びを味わえる今の健康的な生活をなるべく長く続けたい。


それでは働く喜びも、一人で考え行動する気力も体力も失せて、還暦になったことすら認識できなくなってしまった夫は

これから先なにを目指して生きていけばよいのであろう。

ーーーーその答えがいまだに見つかっていない。


私が自分らしい毎日を送っているから、夫にも彼らしい人生を全うしてもらいたい。

では何が夫らしい生き様だろうか・・と、いつも考え続けている。

今の夫は言葉に意味不明の擬態語が増え、食事は全介助となった。

彼はいま何を考え、これからについて何を望んでいるのだろう。

思うほどに気持ちが混乱し、いまだに五里霧中の状態である。

「どんなに病気が進行してもなるべく長く生きていて欲しい」という家族の思いとは別の、

彼自身の己の生き様に対する思いは確実に存在していた。

かつての夫は山田風太郎の『人間臨終図巻』を愛読し、「これはすごい本だよ。」

と有名人の臨終の様を私に熱く語ってくれた。

「じゃああなたはどんなご臨終を迎えたいの?」 とあの時聞いておけばよかったなあ


彼はもともと自分の生き様にこだわる人だった。だから人様の臨終に関心を抱いたのだろう。
 

そんな彼に「うん、これで良いんだよ。」と五感の中の残された何かで納得してもらうアフター還暦を送ってもらいたい。

まだ残された時間はたっぷりある。

夫の介護を通じて多くを学び、彼にとっても私にとっても納得がいく答えを見つけたい。

途切れ途切れのブログになると思いますが、その答えが見えてきた時に報告させていただきたいと思います。

どうぞみなさまも暑い夏をワンダフルに過ごしてくださいワン! (僕の脳腫瘍はどこ行ったの?)

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おひっこし

土曜日は夫のケアスタッフさんとの担当者会議があった。

現在のホームにお世話になってから5年が経った。

夫の性格に合った手厚い介護をしていただいたお陰で、書くネタが尽きてブログをお休みするぐらいに

穏やかな毎日を送ることが出来た。

といっても穏やかな状態がずっと続くような生易しい病気ではない。

少しずつ病状が進み、ついに介護方法の見直しを検討する段階になった。

今回の打ち合わせでは、ホーム側から次の二つの提案があった。

1 診察方法の見直し 往診の利用へ

 今までは月に一回看護師さんがホームの車に夫を乗せて主治医の診察を受けに行っていたが、

それが困難になってきた。夫が乗車を嫌がるのである。

車いすに座らせて車椅子ごと車に乗せてみたが、車いすに座ると機嫌が悪くなる。

現在の主治医は往診もして下さるそうなので、ホームに往診に来ていただくようにしたい。

ただし往診は主治医の交通費等も含めて費用が1万円くらいかかってしまう。

2 部屋のひっこし

 現在の夫の部屋を現在の三階の奥から、1階のスタッフルームの向かいの部屋に引っ越してはどうか。

最近トイレに行こうとしても場所が見つからず床に放尿してしまうことが増えてきた。

夜中にトイレを探して廊下を徘徊することも週に何回かある。

トイレに行きたい時ズボンの中に手で入れて落ち着かない身振りをするので、

そのサインがあるとすぐにトイレに誘導するようにしている。

スタッフが多い場所にいつもいるとトイレの失敗を防ぐことが出来る。

部屋を一階に移したいもう一つの理由として、お気に入りのスペースの確保がある。

夫は、一階の共有スペースに置かれたソファーが気に入っていて、食事以外の時間はいつもそこに座っている。

ところが最近、そのスペースで大きな音でテレビをつけておしゃべりを楽しむお年寄りが増えてきた。

そのため夫はソファでゆっくり休めなくなってしまった。

そこで一階の新しい夫の部屋に夫専用のソファーを置き、そこでくつろいでもらうようにしてはどうだろう。
 
私は二つの提案に賛成すると同時に、スタッフの皆さんが夫の病状やホームの環境の変化に敏速に対応して

下さったことに心から感謝した。

どんなに頑張っても、一人暮らしの私が在宅介護で現在のホームのような手厚い介護をすることはできないだろう。

だから、今の私が夫のために出来ることはただ二つ

夫をこれからも介護していただけるようにホームの方たちにお願いすることと、

今の仕事をクビにならないように頑張って働くことだと改めて思った。
 

昨日はもう一つ夫がらみのイベントがあった。 夫の高校時代の友達のTさんが夫に会いに来てくれた。
 
Tさんは私が担当者会議に出席している間、ずっと夫と会話もどき(笑)をしてくれた。

Tさん「こいつ相変わらず元気そうで、あんまり変わっていないみたいだけれど。」

私  「そんなことないわよ。もう何もかもぜ~んぜんわからないのよ。」

Tさん「そうかなあ?おい、おれのことわかるか?」

私  「あなたの親友のTさんが来てくれたのよ。」

親友のTさんは本当にやさしい。

散歩に出かける時も、Tさんが夫の上履きを脱がせて外履きに履き替えさせてあげた。

三人でいつもの用水路を歩きながら、私はTさんに他の友達の近況を尋ねた。

「本当にみんなダメな奴ばっかりだよ。」

Tさんが最近の悪友のダメっぷりを面白おかしく話してくれた。

おそらくぱっとしない還暦を迎えた夫をもつ私を元気づけるためにわざと同級生のダメっぷりを強調したのであろう。

最後に自分も6歳下の奥様が元気過ぎてついていけないという自虐ネタを披露して話をうまくまとめた。

「じゃあ、将来奥さんにしっかり介護してもらえそうで良いじゃない。」

「いや、介護じゃなくてきっと虐待されるよ。うんうん虐待。」

といって夫を

「だからさ、お前が一番まともだよ。」

ほめたたえたので、私も同調して

「そうよそうよみんな変よ。だから私はあなたと結婚して大正解だった。」

と夫を心から絶賛した。

そういえば、最近上の娘も

「子供が出来てから、お父さんは本当に良い人だったことがわかった。」

と言って、GWに孫を連れて夫に会いに来てくれたっけ。

夫が若年性アルツハイマーを発病して10年目。

すっかり変わりはててしまったが、今でも彼のことを「イイネ」と言って会いに来てくれる人がいるのはうれしいことだ。

考えてみれば、私も娘もTさんも夫がまともな時に夫に面と向かって褒めたことはなかった。

夫がまともでなくなって初めて夫が案外まともであったことに気がつくなんて・・

もっと早くに気が付いて褒めてあげればよかった、とちょっぴり後悔

まあ、今のようにほめられても動じずに飄々としているのもクールな夫らしくて恰好良いかな。

それから三人で仲良く公園のベンチでTさんが持ってきたオレンジをいただいたあと、

 Tさんは「今日は本当に楽しかった。」

といって夫に「また来るよ。」と挨拶をして帰られた。

病状がここまで進むと、正直な所、何が夫にとって幸せなのかがよくつかめない。

私が彼にしてあげられる唯一のことは、

彼のことを厄介な存在と思わず、心から彼のことを

「なるべく快適に過ごしてほしい」

「たとえわからなくても会いたい」

「たとえわからなくても話しかけたい」

と思っている人たちに囲まれて穏やかな生活を送れるように気遣うことだ。

今の彼は幸せではないが、幸いにも比較的穏やかな生活を送ることができている。

それは、決して私が彼のために努力をした結果でない。

それこそが、彼自身が60年間誠実に生きてきたことの証であると思っている。

テーマ : 幸せに生きる
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プロフィール

ルッコラ

Author:ルッコラ
ルッコラとバジルが大好きです。
家族は夫と娘二人と黒いフレンチブルドッグのラッキー君。
2009年に若年性アルツハイマーと診断された夫は在宅介護と認知症専門病院の入院を経て、現在は有料老人ホームにいます。介護は初心者なので、どうぞ感想やアドバイスをお願いいたします。

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