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わかっちゃいるけどやめられない!

春一番が吹く土曜日、いつものように夫に会いにSホームに行った。

夫の部屋に入ると、スタッフさんが流してくれたのだろう、「ブルーライト横浜」の曲が流れていて、

夫は初孫のよっくんの新生児時の写真を飾ったフォトフレームを抱えて歩いていた。

人物とBGMと持っている小道具がこうもちぐはぐだと、異次元の世界に迷い込んだような妙な感覚に襲われる。

さっそく写真をとって娘たちにラインで送ってあげると、「なかなかシュールな光景だね。」

と予想通りの反応が返ってきた。

夫と一週間ぶりの再会を喜びあっていると、ホーム長さんが部屋に来られて、

昨晩夫に起こったことを報告された。

食堂でカタンという音がしてスタッフさんが気がついたら、夫が床に直接ぺたっと座っていたそうだが、

それが転んでしりもちをついたからなのかは見ていないのでわからないらしい。

「この部分がちょっと赤いのでもしかしたら頭を打ったかもしれません。今のところ気になる変化はないのですが。」

と夫の首上の後頭部を触りながらおっしゃる。見ると確かに赤い部分がある。

私:「あっこれは前からありました。赤いあざだと思います。

 最近髪がうすくなったから目立つようになったんですよね。だから大丈夫ですよ。」

ホ:「そうですか、食欲があるので大丈夫だと思いますが、

 もうしばらく注意してみます。よく見ていないで申し訳ございませんでした。」

夫のようにおぼつかない足取りでふらふら歩く入居者にいつも気配りをしなくてはいけないスタッフさんは大変だと改めて思った。



天気が良いので散歩に出かけた。近くの公園は梅と椿の花が満開、もう少しで春だ。

「うわ~梅の花がきれいだね。」

 「あっ白いサギが飛んでいる。」

 「ーーー」

花や鳥には全くの無反応だが、

女子学生が通り過ぎると、「おっ」と表情がゆるむのもあいかわらず。

これが彼の本性だったなのか、それともどの男性も本音はこんなものと思うべきか・・。

春一番の強風が吹くたびに「大変だ」と顔をしかめる夫をなだめながらゆっくりと歩いていると

同じホームの入居者の親族の方とすれ違ったのであいさつをした。

「こんにちは」

「こんにちは。ご主人ずいぶん歩くのがゆっくりになりましたね。」

「そうなんですよ。」

「私の母もそうよ。もう歩くのがやっとになっちゃって」

「でも、歩けているだけ有難いと思って。」

「そうだよね。車椅子の人も多いよね。」

思いを共有できる人と話をすると、なんだか気持ちがほっくりする。


ホームに戻って暖かい部屋でおやつタイム。

セブンイレブンで買ってきた小さな春の和菓子が三つ入ったセットを彼に渡して。

「どれが食べたい。」

と選んでもらうことにした。

心やさしい夫は私がねらっている草餅を避けて大福をゲット。

今日の彼は、うれしいことに大福を自分から口に運ぶではないか。

もしかしたら昨日頭を打って脳が少し活性化したのかもしれない。

夫が食べ物を自分で手で取って食べている光景を見ているだけで

うれしくて、「見て!すごいでしょ。」と自慢してしまいたくなって、

おもわずその光景を娘達に動画で送ってしまう。

いつも娘がよっくんがご飯を食べているところを送ってくるから、そのお返しです(笑)。

大福を食べ終わた夫に、続けて桜餅を渡すとこちらもぺろりと食べてくれた。

こうなったらもっと元気をだしてもらおうと、夫が好きなクレージーキャッツのCDをかけてみる。

彼は植木等が大好きで、その人生哲学の深さをいつも私に熱く語ってくれた。

「チョイト一杯のつもりで飲んで、いつの間にやらハシゴ酒。気がつきゃ ホームのベンチでゴロ寝

これじゃ身体に いいわきゃないよ。分っちゃいるけど やめられねぇ

ア ホレ スイスイ スーダララッタスラスラ スイスイスイ」

無類の酒好きだった夫の気持ちをものの見事に言い表した名曲だと思う。

夫は「スイスイスーダラ」のサビの部分をうれしそうに口づさんでいる。

何かを感じ、思い出してくれたのかもしれないと思ってうれしく思うことにしよう。

昭和のお父さんが元気だった時代を二人でしのんでいるうちに夕ご飯の時間となった。


今晩の夕食は和食ハンバーグとオクラのあえもの、きんぴらごぼう、みそ汁。

大根おろしがかかったお手製ハンバーグがとても美味しそうだ。

「良かったねー、今日はあなたの大好きなハンバーグだよ!」

といったら「ハンバーグ」「ハンバーグ」と何度も言い返してくれた。

お茶碗とお箸を持たせたら、自分からハンバーグだけをお箸でとってパクリと食べた。

夫のテーブルは全て介助を必要とする重度の認知症のご婦人方である。

観察しているとどなたも見事な「ばっか食べ」で、その食べる様は失礼ながら

離乳食をはじめたばかりのよっくんと良い勝負、スタッフさん本当にご苦労様です。

夫は介助をしたらごはんとハンバーグ以外のおかずも全部完食。

まだまだ食欲がある、ということだけで十分うれしい気持ちになれる。

食後の薬を飲んだ後また部屋に戻って音楽をききながら一休み。

クレージーキャッツの歌を口ずさみながら持ってきた本を読んでしばらくしたら、

「あれ なぜ?」

自分のズボンのお尻の部分が濡れてきたように感じた。

あわてて立って確かめてみると、確かにベージュのチノパンのお尻の部分がじわっと濡れている。

椅子をよくみると、座布団もその下の椅子も「液体」で濡れているではないか。

「ひょっとしてこの液体は」

もう嫌な予感しかない。近くのスタッフさんに来てもらうと

「いや~、最近間違ってこの椅子にされてしまうことがありまして、

今日も干して乾かしたばっかりなのですが。はて、いつしちゃったのかな?」

「そ、そうなんですね。あの良かったらこの椅子はもう処分してください。

布地の椅子は後始末が大変でしょう。かなり古くて穴も空いているので惜しくありません。

それにそちらで提供して下さったもう一つの椅子の方に夫はいつも座っているみたいだし。」

「そうなんです。ご自分が座る椅子には放尿されないんですね。ではそうさせていただきます。」

さすが清潔な夫。どうやら彼なりに自分用の椅子とトイレ用の椅子と使い分けているようだ。

スタッフさんに十分にお礼を言って施設を出た。


そして家に戻ってラッキーにただいまのご挨拶

「ラッキー。遅くなってごめんね。」

急いで散歩に行って戻ってきて一仕事してからソファーに座ろうとしたら、

なんと家のソファーも濡れている。

こちらからは明らかにラッキー君のこもった臭いが。

「全くお父さんもラッキーもー。」

とぶつぶつ独り言をいいながらソファーカバーと私のズボンと下着を洗濯機に入れた。

 ラッキーと夫は離れていても固いきずなで結ばれていることを再確認した一日であった。

洗濯物が増えてしまったけれど、腹が立つどころかちょっと愉快な気分にもなった

もしも夫とラッキーが一緒だったらこんな会話をしたのかも

夫「 そこでおしっこしたらいけないって

 わかっちゃいるけどやめられない ホレ スス スーダラ だよなラッキー!」

ラ「ワンワン!」 

なんて妄想にふけった。

とりあえずラッキーも夫も元気に今年の春を迎えられそうで良かった。

 元気にご飯を食べてくれることに感謝ー

  私の介護もしだいにその域に入りつつある。
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ジャンル : 心と身体

ラッキー君と夫のこと

夫の様子に変化がないので(良いことです!)

久しぶりにラッキー君について書いてみたい。

ラッキー君は夫の犬である。

2009年、夫の知り合いの方から「事情があって飼えなくなった犬がいるので飼ってくれないか」と頼まれた。

見に行った夫はラッキーに一目ぼれ、「散歩もえさやりも夫が面倒をみる」という約束で、我が家の息子となった。

元飼い主から渡された血統書を見たら、夫と同じ誕生日だったのにびっくり。

本当は犬を飼うことに乗り気でなかった私だが、「夫とこの子は運命の糸で結ばれていたのかも。」

と思って観念することにした。

ラッキー君が我が家に来てから一週間後に、夫が若年性アルツハイマーの宣告を受けた。

それから夫が我が家を離れるまでの6年間、立派にセラピー犬の役割を果たしてくれた。

夫は無邪気なラッキーを心から可愛がり、一日に何度も一緒に散歩に出かけていた。

病気のことを気にせず気楽につきあうことができる唯一の友達だったのだと思う。


夫が施設に入った2015年の7月、ラッキーが急に歩けなくなった。

動物医療センターでMRI検査の結果、

「脳の手術で取り除くところが出来ない所にグリオーマという腫瘍がある。」

と余命一ヶ月の宣告を受けた。

私と娘は大泣きしてえさを食べ残すラッキー君を

「お願いラッキー、ご飯食べて。」と抱きしめて、

残りの一ヶ月をとびきり甘えさせてあげることにした。

思いっきり甘やかして美味しいものを食べさせて、おしっこの部屋での垂れ流しも容認した結果、

ラッキー君は4年半後の今も元気。薬も一切飲んでいない。

確かにあったでっかい腫瘍 一体どこにいってしまったのかしら。


いつも元気なラッキー君は子供たちの人気者だ。

去年、我が家の向かいに保育園ができた。

朝、私が散歩から帰ってきたラッキーをしばらく門につないでおくと、登園する子供たちはラッキーを指さして。

「ワンワンだ!」「今日はワンワンがいるよ。」と大喜び。

勇気のある子はラッキーに近寄って背中をなでながら。

「ねえ、今度はいつ会えるの」

とまるで恋人に対するようなセリフをささやく。

母親や先生のように「早くしなさい!」「ダメですよ」といわないラッキーは

大人の常識が理解できない夫や子供たちの味方なのだ。


ラッキー君は「奇跡の犬」でもある。

昨年ガンの手術をした近所のおばさまは、

猛ダッシュで走り寄ってくるラッキーをなでながら

「ラッキーちゃんお散歩して偉いね~。おばさんもラッキーちゃんに見習ってガンに負けないで

一杯ご飯食べて元気にならなくちゃ。頑張るよ~」

とラッキーに話しかける。

近くのマンションの清掃にくるおばさんもラッキーの大ファン。いっぱいラッキーをなでてくれる。

ガンに勝ったラッキー君は、

「癌封じの奇跡の犬」として地域のおばさま方に勇気と希望を与えている。


ラッキー君は外人さんからも大人気

先日中国人の友達がお母さんと共に我が家に遊びに来た。

犬好きのお母さんがずっと中国語でラッキーに話しかけていたら

次第に中国語の「まて」「よし」「おすわり」の号令に従うようになった。

お母さんがそんなラッキーをたいそう気に入って

急に娘に「あなたもラッキーみたいな男の人と結婚しなさい。」

とまで言い出したので大笑い。

娘にはラッキーのように実は賢いけれども偉ぶらなくて。

純朴でどんな人に対しても優しい男性と結婚して欲しいらしい。


余命一ヶ月と宣告されてから4年以上も生き続けているラッキー君を見ていると、

寿命はMRIの画像だけでは判断できないなあと思う。

こんなに周囲の人に喜びを与えているのだから、

もっと生き続けて欲しいと神様が判断されたのかもしれない。


と ラッキーのことを書きながら夫について考えている。

介護ブログを始めて7年目。

ブログを通じて知り合った介護仲間の方々が次々とブログを卒業されていく。

もちろんどんな介護にもいつか終わりがやってくるのだが、

不治の病の若年性アルツハイマーの場合、

介護の終わりは被介護者との別れを意味しよう。

私もいつかはこのブログを卒業するのかなあと最近考えるようになった。

そのことを考えただけで気持ちがざわつき、思わず涙が出てしまう。

自分らしく生きることができない生活をおくり、

やりたいことが出来ないまま生涯を終えることになる夫

私はこれから彼に一体何をしてあげることができるのか。

momoさんはご主人に自宅でいっぱい美味しいものを食べてもらった。

さくらさんはご主人に桜の花や元気なお孫さんを見せてさしあげた


私は夫とラッキーには、最後まで自分らしく生きてもらいたいと考えている。

二人とも目標を実現するために人と競争をすることが大の苦手で

自然の摂理に従って自分の道を飄々と歩み続けて今日まで至った。

そんな彼らの無為自然な生き方を素敵だと思ってくれる人がいることがうれしい。

夫は働けなくなって介護を受ける立場になった自分がどうしても許せなくて苦しみ暴れた。、

皮肉なことに病気が進行することによって、今日の穏やかな日常を手に入れることができた。

「人に迷惑をかけてまで何かをやりたいと思わない。」と言い張るーーそういう頑固な所も含めて夫が大好きだ。

そういう彼の意志を尊重して、彼が私達家族だけのために生きさせられるのではなく

最後までラッキー君と同様、人々に喜びや安らぎを与える穏やかな存在であるようにサポートしていきたい。



以下は妄想編


ラッキーが来て夫が病気になってから9年

私は離れて暮らしている夫とラッキーが実は同期化していて

私に隠れて通信をしているように感じてしょうがない。 だって本当に似ているのだから・・

夫 「おーい 元気かあ?」                  

ラ 「絶好調です」
 
夫 「そりゃよかった。そっちは変わったことがあるか。」 

ラ 「それが、うちの前に保育園ができて、ぼく人気者。」

夫 「まじか?いいなあー」            
  
ラ 「来ますか」

夫 「いや、面倒だからいいや。」            

ラ 「ご主人 相変わらず根性ないっすね」

夫 「こっちも、それなりにうまくやってるから。」

二人のこれからについては・・二人だけの秘密なのかな。

不燃物ゴミに出されてしまった哀れなタヌキ君と記念撮影 毛並みが同じ∠( ^ o ^ ┐)┐

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61歳のお誕生会

週末、ささやかな夫の誕生日会を家族全員で行った。

去年に夫の還暦祝いをしてはや一年。

各々が仕事や育児に追われて家族全員が集まる機会がなかった。

「せめて一年に一度は、父親の誕生日を家族全員で我が家で過ごそうよ。」

という私の提案に応えて、10日の午後に長女一家と次女が我が家に集合し

まずは前夜祭で盛り上がった。

子供の成長は本当に速い。

去年ははいはいをしていた初孫のよっくんが、

今年はシャベルカーを片手に「わんわん」といいながらラッキー君を追いかけまわしている。

「キューキューチャ(救急車)」「おそと」「うま」

どんどん言葉を覚えていくよっくん、

難しい言葉が言えて大人に褒めてもらうと思いっきりドヤ顔をするのが可愛い。

こんなに嬉しそうに歩き回る人間を久しぶりに見ました。

翌日の午前は、次女の運転する車で夫を迎えに施設に行った。

夫を我が家に連れてくるのは、予想以上に大変で、

去年と比べてかなり病気が進行していることを改めて認識した。

よっくんと真逆のベクトルをばく進中の夫は、

いくら説明しても「車に乗る」という行為を理解することができなかった。

娘が運転している車のドアを開けて

「お父さん車に乗ろう。」

「この車に乗って家に帰ろう。」

と言っても、微動だにすることなく、立ち尽くしている。

私が先に乗って夫の手を握って、中に誘導しようとしても全く動こうとしない。

私と娘が夫の肩や頭を押して大きな体を車の中に押し込めようとしたが、

夫の身体は石のように固まっていて、体を屈めようとしない。

ラッキーやよっくんならエサとかおもちゃで動いてくれるし、

そもそも最後は抱きかかえてしまうことが出来る

ところが今の夫にはそういう誘導作戦や強行手段が発動できない。

「困った。どうしよう」

絶望的な気持ちになった。

でもね、

「すみません、やっぱり家に連れて帰るの無理でした。」

と夫を連れて施設に戻るのはかなり恥ずかしい。

私と娘は夫を怒らせないように気を付けながら引き続きあれこれ試してみた。

「お父さんここに座ってください。」

まずは車のシートに軽く腰かけてもらった。

何とか座ってくれたら、私が車の中から夫の背中に抱きついて力づくで車中に引きずりこみ、

娘は外から夫の長い脚を抱えて車の中へ放り込む・・・とまるで誘拐犯もどきの行為をして、

夫を我が家に強制連行してしまった。

無事に我が家に到着。階段をゆっくり上ってもらってなんとか我が家に入ってもらう。

ところが、玄関のたたきで夫はまたもや仁王立ちのまま固まってしまった。

「お父さんの靴どうやって脱がせようか。」

結局靴をはいたまま部屋に上がって、リビングの椅子に座ってもらってから靴やコートを脱がせることにした。

主賓席になんとか座っていただけたので、いよいよお誕生日会を開始。

筑前煮、フキの煮物、おから等の和食のおかずにピザにお寿司、

準備した夫の好きそうな料理を一通り食べてもらった。

最近の夫の食事は全介助、手づかみで何でもぐいぐいと食べるよっくんに負けてしまっているのがちょっと悲しい。

でも、ちゃんと口を開けて噛んで飲み込んでくれていることに感謝しないと。

 一通り食べ終わった夫は、目をつぶって居眠りをし始めた。

スタッフさんがいつも食後はお気に入りのソファにご自分で座ってで寝ていますと言っていらっしゃったので、

午後のお昼寝が習慣になっているのだろう。

せっかくだからみんなで写真を撮ろうということになった。

私がラッキーを、娘がよっくんをだっこして夫の両隣に座った。

よっくんは寝ている夫に興味津々、

賢いよっくんは、なぜか前日から写真の夫を指さして「じいじ」と言っていたのだ。

(もしかしたら額が後退している男性=「じいじ」と認識しているだけかもしれないが)

そこで本物の「じいじ」を触らせてあげようと夫によっくんを近づけたら、なんと

「ちょっとすごくうるさいんだけれど」

「おい!やめてくれないか。」

と夫を怒らしてしまった。

というわけで今年の写真はみんなの笑い顔+夫のしかめっつら、

これも後から思い出の写真になるのかな。

それからまた一苦労して夫を車につめ込んで、61歳のお誕生日会は無事に終わった。

夫を施設に送り届けた後、

なんだかとっても疲れてしまった娘と私は近くの和カフェで一息。

今日の誕生会を振り返った。

「なんだかお父さんに悪いことしちゃったね。」

「うん、久々におとうさんを何度も怒らしちゃった。」

「無理やり家に連れてきて、かえって迷惑だったかな」

「そういえば、お父さん前から音がうるさいのが苦手で、

わたしたちがドタバタ歩くとすごく怒られた。だからいらっとしたんだよ。」
 
夫は食事中とても静かであったが、何回か

 「うるさい!いいかげんにしてくれよ。」

と私たちをどなりつけた。

 そんな空気が読めないよっくんは、縦横無尽に家を歩きまわって、

突然手にしていたおもちゃを落としたり予想外の音を出す。

 そして私たち女同士のおしゃべり、

静寂を好む夫にとってはかなり辛い空間だったであろう。


結局夫は一度も動き回るよっくんを目で追うことも、

机の上のごちそうを見て喜ぶこともなかった。

 家族全員で夫の誕生日を祝ったと自己満足したいがために

夫を振り回してしまって悪かったな~と反省した。


もちろん収穫もあった

一番の収穫は、この半日の経験を通じてスタッフさんの日頃の苦労を少し理解することができたことだ。

去年の春から夫は春と秋の遠足に参加しなくなっていた。

「連れて行ってもらえなくて可哀そう」と内心少し思っていたが、

車に乗せるのがこんなに大変で周囲の音に敏感な夫を遠足に連れて行くのは

本人にとっても迷惑なことだと大いに納得した。

車椅子のご老人を連れていく方がはるかに楽だろう

そしてもう一つの収穫は、久々に夫の真骨頂を味わったことかもしれない。

認知症を発症してから10年目、夫の病気に対する向き合い方は終始一貫している。

―――もう治らない病気になって働けなくなってしまったからには、

残りの人生はなるべく人に迷惑をかけないで、静かにそっと過ごしたい。

だから、周囲はあまり気をまわして過干渉しないで欲しい。

家族旅行も、病院通いも、デイサービスも断固拒否、

大いに家族を困らせてしまったが、実は彼なりに筋が通った行為だったのであろう。

何もせずにずっと家にいる彼に、

「ずっと一日中一人で家にいたら退屈でしょう。」

と思わず言ってしまったことがある。すると彼は

「人生って退屈で面白くなくても、ちっとも構わないんだよ。」

と微笑みながら答えてくれた。

そんな彼の人生哲学を十分理解していながら、

余計なおせっかいをしてしまいたくなるのが家族の情なのかもしれない。

「お父さんを車に乗せるのはかわいそうだから、

次からはお父さんの施設に遊びに行くようにしよう。」

「そうだね、お父さんにはなるべく今の落ち着いた環境でゆっくり過ごしてもらおう。」

「次は、施設の近くの用水路でお父さんとお花見したいね。」

「いいね、今年は桜、いつ咲くのかな。」

また「うるさい!」とどなられる結果に終わってしまうのかもしれないけれど、

やっぱり三世代のお花見を味わってみたい。
 
久しぶりに彼の洒脱な人生哲学に触れることが出来た

ちょっぴりほろ苦いお誕生日会でした。

よっくんのお相手疲れたワン。

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テーマ : 病気と付き合いながらの生活
ジャンル : 心と身体

2019年の抱負は

新年明けましておめでとうございます。

今年のお正月は自分の時間をたっぷりとることが出来ました。

「今年のお正月は何をしても良いんだよ。」と神様からのお許しをいただいので

思いつくままにやったことを、頑張った順にあげると

1 ランニング 

2 仕事

3 ご主人様とのお散歩

4 ためていたブラタモリ等の番組の録画をみる

5 (ラッキーの小屋だけの)大掃除

なんだかんだで一番計画通りにできたのがランニング。

今や私の最大の親友となったガーミン時計様(笑)の記録によると

12月24日、27日、30日、1月1日、3日に計87キロ走ったらしい。

日を重ねるごとに走行時の心拍数が低値安定になっていく達成感を得ることが出来た。

(あれ、これってただの遊ぶ友達がいない自慢かも?)

まあ自分が心からやりたいことがあって、

それがお金がかからない健康的な趣味であって良かったかなと思う。

夫との散歩と食事介助も2日に一回のペースで行った。

夫はお正月を認識できない。

それでも、スタッフさんはちゃんと餅つきやおせち料理、

そして初詣までも夫に体験させて下さった。

元旦返上で働かれて、

お年寄りと夫に常に笑顔で接して下さっているスタッフさんに心から感謝したい。

どのホームでも一番苦労されるのは「良い雰囲気作り」だと思う。

こればかりはお金では買うことができないからだ。

ホームの食堂で夫の食事介助をしているとなぜか

TVの何かのCMで見た体内の善玉菌と悪玉菌が格闘しているシーンを思い出す

食事中とつぜん叫んだり、愚痴を言ったり、暗い顔をして食べたり

(失礼ながら)悪玉菌役を見事に演じていらっしゃるご老人の方がいらっしゃるからだ。

それに立ち向かうには、悪玉菌を上回る強力な善玉菌兵をもつ必要がある。

スタッフさんが悪玉菌兵が仕掛ける数々の挑発に動じず

笑顔と絶妙な切り返しでその場を凌いで

味方の善玉菌軍を増やしていこうと努力されている光景を見るたびに、

「善玉菌軍頑張れ!」と応援のエールを心の中で送りながら、満面の笑顔で介助を行っている。

でも集団生活がしんどくて笑顔が受け入れられない時もあるだろう、

悪玉菌さんの気持ちもわかる。

体内と同様にして多少の悪玉菌が常住するのが自然な人間の集団の姿だ。

だからこそ、出来るだけ楽しい話題をふって全体の雰囲気を明るくしようという

不断の努力なくしては良い雰囲気のホームは成立しない。

私も、スタッフの皆さんを見習って、

ホームでも職場でも常に笑顔の善玉菌兵を演じようと思う。(後方支援かもしれないけれど・・・)

それが今年の一つ目の抱負だ。

ランニングに関しては抱負にいれなくても頑張りそうなので省略。

(すでに4つレースの予定が・・・頑張りすぎに気を付けよう)

次の抱負に入れたいのは学びに関すること。

これ以上頭が劣化して、社会人として役立たずにならないように心掛けたい。

歳を重ねると、どうしても知識の吸収率が低下する。

この一年、インターネットやテレビ、書籍を通じて大量の有益な情報を得て、

その都度何らかの感想を抱いたのだとは思うが、

その大半が知識として定着されないまま忘却というゴミ箱に廃棄されたように思う。

昨今の世の中の動きは相当複雑でそう簡単に理解できるものではない。

それでも自分なりに理解をして意見をまとめておかないと、

責任のある行動をとれなくなってしまう。

これからは社会人の自分にとって有益だと感じた文章に出会ったら、

それをざっと読んで「イイネ」を押したり「リツイート」するだけに留めず、

要旨や感想をノートにメモしておこうと思う。

その日の出来事も簡単に記録に残しておきたい。

それでも頭がどんどん悪くなっていくのなら、仕方がないとあきらめよう。


 1 笑顔の善玉菌兵になる。

 2 心に残ったことをメモに残す習慣をつける

以上の二つを今年のささやかな抱負にしようと思う。


最後にNHKのBSスペシャル『欲望の資本主義2019年~偽りの個人主義を超えて』

を見て私が書き留めた新春メモの一節を記しておく

 ーアダムスミスによれば、 人間とは元来怠惰で 無精で 軽率 浪費家である。

   時には善人にもなり、 時に悪人にもなる。

  時には聡明だがそれ以上に愚かな存在なのだ。

これって、まさに認知症を告知された時の夫そのものではないか・・。

当時の私は、「人間の素の姿」に狼狽していたのに過ぎなかったのかもしれない。

この言葉を夫に教えて、安心させてあげたかったなあ~。

とここまで書いて気がついたこと。

結局私は何を見聞きしても、何を読んでも、夫の病気のことと絡めて理解しようとしてしまう。

病気になった夫の姿が私の人生哲学の礎の一部に組み込まれてしまったのかもしれない。

何を書いてもなぜか淀んだ人間の負の面にも触れたくなる。

ということは、アダムスミスさんもかなりしょっぱい人生を送っていたのかな・・・


今年も時々ブログを書いていきたいと思います。

どうぞ皆様も良い一年をお過ごしください。

テーマ : ポジティブでいこう!
ジャンル : 心と身体

厄年を振り切りました

私の干支の戌年もあと一時間でおしまい。

あっという間の一年だったと感じるのは歳をとった証拠ですね。

実は9月に近くの神社にお参りに行った時に初めて自分が厄年であることを発見!

厄払いしたほうが良いかしらと少し思ったけれども、

まああと3か月だから良いかと放置。

結果は、何も悪いことは起こりませんでした(笑)

なんといっても素晴らしかったのは誰とも病院に行かずにすんだこと。

お父さんとラッキー君、健康でいてくれて有難う!

夫婦共に無事に還暦を迎えることが出来たこともうれしかった。

ちなみに働き者の東京タワー君も我らと同期。

この先誰が一番長生きするのかな・・・。

まだ老人ではないと思うが、人生の折り返し地点を通り過ぎているのは確かだ。

箱根駅伝に例えると、二日目の復路

小田原を通り過ぎて潮風に(白髪混じりの)髪をたなびかせて、

平塚中継所あたりをヘロヘロになって走っている状態かな。

(関西地区の方、話がローカルでごめんなさい)

ここ数年の収穫は、人生の復路を歩む面白さが分かるようになったことだ。

マラソンを走っていると、往路で通った景色を復路の時にもう一度見ることになる。

人生も同じ。

往路の時は目にするもの全てが新しい景色で、毎日が不安と感動の連続だった。

復路になると、遭遇する出来事に対して過去の経験と重ねて冷静に向き合うことができる

自分に気がつくことが良くあった。

娘たちの就職、結婚、出産、全て自分が経験した事象である。

大人になった彼女たちが自分の将来を切り開いていく様をみて、

自分が往路を走っていた時のことをなつかしく思い出した。

当時の私と今の娘たちを比較すると、明らかに娘たちの方が思慮深い大人となっている。

あるいは彼女たちが青春期に父親の病気という困難を経験したからなのかもしれない。

親が大変だからボーっとしてられないというプレッシャーがあったのかなあ。

結果オーライ。お父さん、立派な娘に育ててくれてありがとう。

その反動で復路で突然暴走しないことを祈ります(笑)

話が横道にそれてしまった。

復路になると疲れがたまってどうしてペースダウンをしてしまう。

景色も、往路を走った時にはなかった建物や人物の登場に驚かされることもあるが、

たいていは既視感をともなうものだ。

だから復路は往路ほど面白くは感じない。

でも既視感がベースになっているからこそ、

往路の時よりは自分に対しても他者に対しても、

余裕をもった優しいまなざしで向き合うことができるのかなと感じている。

これって孔子様が60歳になって抱いた

「60にして耳順ひ(したがい)」

という感慨と少し被っているのかも。

とここまで書いていたら紅白に星野源ちゃん登場、

サザン大暴れよくやったね!

とそのまま大興奮で見ているうちに2019年になってしまいました。

今年もよろしくお願いいたします

ということで新年の抱負は次のブログで・・・。

テーマ : 幸せに生きる
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プロフィール

ルッコラ

Author:ルッコラ
ルッコラとバジルと走ることが大好きです。
家族は夫と娘二人と黒いフレンチブルドッグのラッキー君。
2009年に若年性アルツハイマーと診断された夫は、在宅介護と認知症専門病院の入院を経て、現在は有料老人ホームにいます。要介護4。食事は全介助。でも仲良く手をつないで散歩をすることができます。介護は初心者なので、どうぞ感想やアドバイスをお願いいたします。

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