記憶の断捨離

夫が若年性認知症と判断されてから9年目、今は要介護4となった。

昔のブログを時々読み返すと、

「あの頃は随分いろいろなことができたんだな。」

と夫の病状が着実に進行していることを改めて思い知らされる。

あの時にもっといろいろと話しておけばよかったと今さら後悔しても後の祭り。

そういえば介護の先輩のmomoさんやnobiさんからもそういうアドバイスをいただいたっけ。

家族の認知症と向き合うのは夫が三人目になる。

最初が父で二番目が義母、そして夫。それから義父が四人目の認知症の家族になった。

4人とも、秋に落ち葉が舞い落ちるように少しずつ記憶が消えて行った。

いや「消えた」はあまり正確な表現でないかもしれない。

脳に保存されている記憶のファイルから必要なデータを引き出す機能が衰えていったというイメージかな。

認知症になって他人の話に応じたデータがあるファイルを探すことができなくなると、

苦肉の策として、記憶のファイルを本人にとって大切でないものから順に断捨離していくように感じる。

ファイルがだんだん少なくなっていっても、話す量は変わらない。

だから同じ話がエンドレスに繰り返されるのであろう。

面白いことは、最後まで断捨離されずに残ったファイルの内容が人によって大きく異なる点だ。

夫の場合はというと。

まず数字や経済関係のファイルがばっさりと捨てられた。

もとからお金に無頓着な人で、自分の収入、資産運用、保険、友人に貸した金額全般について興味がなかった。

もしかしたら認知症になる以前から株や保険のしくみについてよく理解していなかったのではないか。

この件に関しては、心の狭い私は今でも思い出すと結構腹が立つのでこの辺にしておきましょうか・・。

次にはなんと家族関係のファイルを手放してしまった。

夫は認知症になってから自分の両親について一度も自ら話題にしていない。

娘が産まれてきた息子を自分の命より愛しい宝物のように大切にしている光景を見たばかりなので、

「親を忘れるなんて冷たいんじゃない。」と思ったりもするが、それが現実なので仕方がない。

世の母親は子供への愛は報われないと覚悟して子育てに励んだほうがよさそうである。

きっとこれは彼のご両親が上手に子離れされたからなのだ。私も大いに見習おうと思う。

とはいえ私や娘に関する話が途中から一切なくなったのはいささか寂しい。

今の彼はアリセプト2.5mgの効果で食事の存在を再び認識できるようになったが、

私や娘については相変わらず全く認識してくれない。

それでは彼が今も大切に使っている最終ファイルにはどんなデータが残されているのだろうか。

--圧倒的に多いのは何といっても先生に関するおぼろげな記憶である。

先生にほめられたこと、しかられたこと、先生に任されたこと

・・そんなことが人生に課せられた宿題として捨てられずに残っているのだろう。

恐るべし師弟愛なり。

それでは義母はというと。

義母が残した最終ファイルには家族のデータが詰め込まれていた。

義母は夫より認知症が進んでいたが、それでも私が娘を連れて訪ねていくとすぐに孫とわかって喜んで、必ず

「○○ちゃんはいくつになった?」

と孫娘に年齢をたずね、年齢を言うと

「まあ大変、お嫁にいかなくては。」

という会話をエンドレスに繰り返した。

娘の結婚式には義母の写真をもっていったから安心してくれたかな?

犬猿の仲だった同居していた姑についても

「いろいろあったけれど最近すごく会いたいの。今おばあちゃんはどこにいるの。」

と懐かしむなんて、義母様、あなたは本当に心がきれいな人でした。

こうして考えてみると、もしかしたら人間は一番気がかりだったことを最後まで断捨離せずに残しておくのかもしれない。

我が家は幸いにもお金や家族関係では苦労しなかった。

借金や不倫地獄、家庭内暴力、ひきこもり・・そんな悔いが残る出来事がなかったから

「まあこれは残しておかなくても良いか。」と家族のデータはあっさり処分しちゃったのかな。

我が家が円満であった証拠だと思うことにしよう。

最近、自分が将来認知症になったら最後にどんなファイルが残されるだろうかとふと思うことがある。

今自分が一番気にしているのやっぱり夫のことだ。

案外夫のことをエンドレスに人に語ってうんざりされてしまうのかもしれない。

それってなんだかすっごくくやしいなあーー。

ホームの近くの用水路で見かけた彼岸花です。秋ですね

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一工夫

夫の御世話になっているSホームから毎月手紙をいただく。

一か月の行事報告と利用料明細、来月の行事予定等が主な内容だが、

今月はそれ以外に夫の担当のIさんの手紙がはいっていた。

Iさんはまるでペン習字の見本のようなきれいな字で、最近の夫についてこう書いて下さった。
  
  ●●様
  
  風の中に秋を少しずつ感じるようになりました。
  
  お散歩に出かけますと、ご自分の先生のお話しや同僚、後輩の方のお話を
 
  笑顔で語っています。

  これからも季節を感じながら沢山のお話をうかがいたいと思います。
  
 Iさんは夫とお散歩に行ってくれるんだ。
 
 夫はIさんにも私と同じ話をしているんだ(笑)

 さっそくこの手紙を娘たちにラインで見せると、彼女たちも

 「とっても素敵な手紙だね。」

 と喜んでくれた。

 Sホームには素敵なスタッフさんがたくさんいらっしゃる。

 夫が怪獣君(初孫)と一緒にいる写真をあるスタッフさんにラインで送ったら

 「おめでとうございます!お孫さんの名前を教えてください。」

 というので名前を伝えた。

 その週の土曜日に夫の部屋を訪れると、早速壁に夫と怪獣君のツーショットの写真が。

 写真が貼られた紙には夏や赤ちゃんをイメージしたイラストと

 「2017年8月17日 初孫の○○君と」というメッセージが添えられていた。

 お礼を言ったら、

 「○○さんが時々お孫さんたちの顔や自宅の写真を見て少しでも何か感じてくれたらと思い作りました。

 喜んでいただき何よりです。」

 という返事をいただいた。

 最近物事のすべてに競争原理が取り入れられた大競争社会に自分もまきこまれているように感じて、

 憂鬱になる時がある。

 そんな時に夫の施設に行くと、そこには競争原理から超越したゆったりとした空間が存在している。

 夫の澄んだ笑顔とスタッフさんのやさしい気配りにとてもいやされる。

 介護の仕事は大変だ、同じ話を繰り返す老人を相手にしながら下の世話もしなくてはいけない。

 そんな過酷な現場で働きながらも、どうやったら離れて暮らす家族に安心してもらえるかを考えて、

 マニュアルで決められた仕事以外のもう一工夫をして下さる。

 人間関係がギスギスしていなくて、スタッフさんにもう一工夫しようと思える気持ちのゆとりがあるから、

 入居者も安心して毎日を過ごすことが出来るのだろう。

 私もこれからスタッフの皆さんを見習って、いつもの仕事にもう一工夫してみよう

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さじ加減

火曜日は久しぶりに夫の主治医の診察に同行することができた。

最近の夫は、ブログに書くネタがなくて困ってしまうぐらい施設で穏やかな毎日を送っている。

それでも毎週会うごとに病気が少しずつ進行していることを感じる瞬間がある。

歩きながら指を口の中につっこんでペロペロなめまわすようになった。

おじさんの指しゃぶりの光景はあまりよそ様には見ていただきなくない。

「みっともないからやめましょうね。」

といってやめさせたいところだが、わかってもらえるはずがない。

「ご機嫌だから良いか。」と妥協して、指しゃぶりの旦那様と仲睦まじく散歩を楽しんでいる。

段差がある階段を下りるのをいやがり、突然階段にペタンと腰かけてしまうことがある。

一見普通の中年男性がいきなり階段で立ち止まりしゃがみ込む・・・

これも、よそ様にとっては気がかりな光景だろう。

まあ、これらは「残念だけど仕方がないか。」と思える程度の病状の変化だ。

しかし、一人でご飯を食べられなくなったことは、介護スタッフの負担の増大につながる深刻な変化といえる。

ご飯が目の前にあっても,お箸を自分で持って口に運ぼうとしない。

きっと夫の視覚が「ご飯だよ。」と脳に働きかけても、肝心の脳がぼうっとしていて

「じゃあ食べよう。ほらお箸をもって」と手に指令するのを怠けているのだろう。

仕方がなくお箸を夫の手に握らして何とかご飯を運んで食べさせてみるが、

困ったことに夫は「食事中の立ち歩き」の常習犯でもある。

完食への道はかなり険しい。

「どうやったら食べてくれるのでしょうか。」そんなスタッフさんの悩みに応じて、

先生は先月から処方にメマリー以外にアリセプト錠剤3mgを追加した。

その結果、表情が豊かになり、意欲的に話したり、自分でお箸を使って食事をするようになった。

確かに8月にアリセプトを服用してからは散歩中も良く話すようになった。

といってもその内容は相変わらず意味不明であるが・・・。

ところが、次第にアリセプトの副作用が目立つようになった。

おしゃべりをしているお年寄りにいらいらして「うるさい!」と興奮してどなりつける時があるらしい。

先週散歩をした時に夫のおでこの傷跡に気が付いたので、スタッフさんに尋ねてみた。

すると、転んだり何かにぶつかってできた傷ではなく、

おそらく一人で髪や顔をかきむしった時に傷つけてしまったのではないかという。

 今回の診察では看護師のOさんがアリセプトの服用による効果と問題点をT医師に報告した。

その結果アリセプトを2.5mgに変更して様子をみることにした。

 投薬による認知症の症状改善は、まさに医師のさじ加減の妙にかかっていると思う。

 正直なところアリセプトに関しては、副作用に振り回されたというマイナスイメージしかないが、

さじ加減によっては、脳の活性化の効果のみを上手く引き出させるのかもしれないと期待しよう。

症状がここまで進行してしまっても、なるべく本人にとって好ましい生活を送ってもらおうと考えて下さる

医師とスタッフの皆さんに感謝したい。

 それと同時に、皆が自分のことについて話していることすら理解できないで

診察室の椅子でぼんやり座っている夫自身の幸せについて改めて考えさせられてしまった。

もしも夫自身がこの話に加わることが出来たら、

夫が自分がアリセプトを飲むべきかどうかについて、いかなる決断を下すだろうか。

いや、もしもこれが夫でなく私自身のことであったらどうだろう・・。

ご飯を一人では食べられず食事中に立ち歩きしてしまう無気力な自分と、

食事は一人で食べられ、豊かな表情で意味不明なことをよくしゃべるが、

急に怒って老人をどなりつけたりしてしまうこともある自分。

考えれば考えるほど気が重くなる・・。

どちらの自分も幸せだとは思えない。

どちらにもなりたくない。

 こうして自分が将来介護者の立場から被介護者の立場になった時のことを想像してみると、

暗い顔をして壁に頭をぶつけていた数年前の夫の心境がよく理解できる。
 
それでは、もしも自分が認知症になったらどう介護して欲しいのか、今の心境を率直に書いてみると。

1 認知症になった私の状況をブログで紹介しないで欲しい。恥ずかしいから(笑)。

2 延命治療はしないで欲しい。人に命を操られ、自分の思うとおりに生きられないのであれば、

  なるべく早く自然な状態であの世に行かせてほしい。

3 認知症でげっそりやつれてしまった残念な姿を世間の皆さまにお見せしたくない。

  自分が納得していないすっぴんの写真を人前にさらしたくないなあ(一応女性だから)。

  そう考えてみると、認知症の連れ合いの病状や介護の様子をブログで紹介するという行為は、

  被介護者の相方本人にとっては必ずしもうれしい愛情表現の手段ではないことがわかる。

 今まで私は相手がわからないことを良いことにして、本人が他人に知られたくないであろうことがらや

 見せたくないであろう写真を公開してしまった。

  ーーなんとも夫には大変申し訳ないことをした。ゴメンナサイ🙇

 罪滅ぼしの意味をこめて、夫の気持ちに寄り添った介護とはなにかを改めて襟を正して考えてみた。


自我を失う前の夫が一番望んでいたことはなるべく社会や家族の迷惑にならないで余生を静かに過ごすことだった。

私が今の夫に望むことは、辛い思いをしないで穏やかな毎日を過ごしてもらうことに尽きる。

施設のスタッフさんと医師は、夫にとっても他の居住者にとっても心地よく過ごすことが出来る日常空間であり、

スタッフ自身にとっても過度な負担を強いることがなくやりがいをもって働くことが出来る職場であり、

そして居住者の家族にとっても安心して介護をお任せできるような施設であるべく努力している。

これからは夫と私たち家族とスタッフさんと医師の皆にとって納得ができる方向性を慎重に模索していくことが、

私が夫に代わってするべき一番の任務なのかなと思っている。

アリセプト2.5mgと3.0mgとアリセプトなしーーどれが今後の方向性を支える道具として優れているのか、

私も夫の介護を支えるメンバーの一人として考えていきたい。

前回紹介した怪獣君もすっかり人間らしくなって無事に我が家を去って行った。

これからは、夫とラッキー君にたっぷり愛情を注いで、彼らとの秋のお散歩を存分に楽しみたい。


追記ーーアリセプト2.5mgを一週間続けたところ、怒りっぽくなる副作用はあまりなくなり、

自分でご飯を認識して食べているそうなので、このまま2.5mgの服用を続けることにしたそうだ。

たまに怒ることもあるそうだが、たまに怒ってても別に良いのではないかということになったそうです。

確かに夫は病気になる以前もたまには怒っていましたから、そのほうが彼らしいのかもしれません(笑)

テーマ : 幸せに生きる
ジャンル : 心と身体

大きくなあれ

6月末から始めた我が家のメンテナンスも、今日新しいシステムキッチンが入り無事終了した。

三週間前から我が家に居候中の小怪獣くん。

沐浴中に新しく張り替えたばかりの真っ白な壁紙めがけていきなりおしっこを発射したので、思わず

「ちょっと!なんてことするの!」

と本気で絶叫してしまった。

そう、娘の産んだ怪獣君はおしっこを自由自在に放射線状に飛ばすことができる男の子でした。
 
 夫と怪獣君の初対面も無事済ますことが出来た。
 
我が家からホームは電車で一時間ほどかかる。

途中乗り換えもあり何度も階段を昇り降りしなくてはいけないので、なるべく涼しい日を選んだ。

駅を降りて我が家に通じる坂道をゆっくりと下っていくと娘がラッキーを連れて私たちを待っていてくれた。

「ほら、ラッキーがあなたを待っているよ。」

「えっ何ですか。」

夫は唯一無二の親友であった愛犬を見ても反応せずに、すぐ視線をそらしてしまった。

一方のラッキー君は、久々のご主人様の登場に大喜び。

短い尻尾を引きちぎれんばりに振って夫の脚に飛びつき、なめることが出来る箇所を必死に探している。

認知症の夫と脳腫瘍のラッキーの久々の再会である。

 せっかくなので家に入る前にラッキー君の散歩をすることにした。

途中から思い切って夫にラッキーの綱を渡してみた。

すると昔通りの綱さばきでラッキーをあやしながらきちんと道路の端を選んで歩くではないか。

ラッキー君、ご主人を気遣いながらおりこうに散歩してくれてありがとう!
 
家に入ってまずは怪獣君との対面。

夫は大層子供好きなので、例え自分の初孫だと認識できなくても赤ちゃんを見て破顔一笑してくれるのでは

と内心期待していたが、イマイチの反応であった。

後から思うに、予定日よりも三週間早く産まれた怪獣君があまりにも小さすぎて、

人間の赤ちゃんと認識できなかったのではないかと思う。

それでも無理やり夫の膝の上に怪獣君をのせてラッキー君と娘と私が加わった新家族の記念写真を婿殿に撮影してもらった。

その後みんなで賑やかにカレーライスを食べて夫と初孫の対面式が無事終了した。



初孫君が誕生してから我が家に来るまでの一週間は、偶然様々なセレモニーが重なって慌ただしい毎日を送った。

出産の立ち合いと病院への面会、婿殿のご両親を交えてのお七夜のお祝いの他に、

知り合いの二つの結婚式の参列が加わってまさにお目出た続き。

喜びに溢れる若者たちを祝福しながら、そこに夫と私のかつての姿を重ね合わせ感慨にふけった。

生まれてきた怪獣君を見て、夫が誕生した時も待望の初孫として家族全員に大いに祝福されたのだろうと思った。

怪獣君も夫も同じく祖父の名前を一文字授けられた。そう、彼らは誉れ高き一族の跡継ぎ息子なのである。
 
二つの披露宴では、私と夫の結婚式のことをを思い出した。

当時の夫はなかなかのイケメンで、「素敵なお婿さんだねえ~。」と皆さんに祝福してもらったっけ。

お七夜の時は、私が長女を出産した時に双方の両親がタイの尾頭付きやお赤飯を用意し

て誕生を祝ってくれたことを思い出した。

それから28年、両親が私たちにしてくれたことを、
無事に娘夫婦にもしてあげることができた。 IMG_1709.jpg

こうして点と点だけをつなぎ合わせると、私たち夫婦は人もうらやむような順風満帆な人生を送ったように

思えるから不思議だ。

彼は確かに若年性認知症を宣告されてから自我を失うまでの数年間、

地獄をのたうち回るような苦しい思いをした。

でもその時を除けば、両親に愛されて育ち、結婚して家族が出来て仕事に恵まれ、

そして彼のDNAをいくらか引き継いでいるであろう怪獣君がこれからすくすくと育ってくれるだろう。

夫の病気が引き金となって家族に負の連鎖が生じなくてよかったとしみじみ思った。

同時に、親として社会人としての責任を十分に果たさないまま自我を失うことになってしまった夫の無念さについても思い巡らした。
 
50歳代は人生の充実期である。

がっつり働きそれなりの成果を挙げることで、今までお世話になった方々や社会に恩返しをする。

時には人生に迷っている後輩や若者に美味しい食事をおごって叱咤激励をすることもあろう。

夫はそういうことに喜びや充実感を感じる人であった。

社会に十分な恩返しができないまま介護保険を使って人から介護を受ける立場になってしまうのはかなり辛かったと思う。

 彼は52歳にして認知症になってしまった自分のこれからについて私に何度も次のように述べていた。

 「みんなは俺に生きがいを持てとかボランティアをしなさいとかいうけれども、

人に助けてもらいながらボランティアをしたり仕事をしても、結局足手まといになって人に迷惑をかけることになると思う。

だからなるべく家族にも他の人にも迷惑をかけないで、ひっそりと生きたい。

もしも俺が暴れて人に迷惑をかけるようになったら精神病院に入れてしばりつけて欲しい」
 
自分の存在が絶対に社会の迷惑にならないようにしてほしい―そう強く思う背景には、

自分が受けてきた恩恵に十分に報いることができなかった心理的な負債感があったのではないかと思う。

私と娘たちは、自分たちが夫の分も働くことで、急に働くことが出来なくなった彼の無念さを少しでも

晴らすことが出来ればと思っている。

 今の夫の存在は私たち家族の負担になっていないし、社会にも迷惑をかけていないと思う。

そして何よりも大切なことは夫が考えてきたことややってきたことは、色々な形で家族や彼を知る周囲の人々に継承されていることである。

怪獣君にも夫の「人に役に立つ人間でありたい。」という思いをしっかり伝えていこうと思う。

怪獣君がこの先健やかに育ちますように
  
 

腕時計

長い間ブログを放置してしまいましたが、家族全員元気にしています。

平日は仕事三昧の生活を送っている。

社会の変化に応じて仕事の内容も不断に変わっていく。

時代の潮流についていけなくて「私もプレ認知症かも。」と気持ちがへこむ時が一日一回はあるが、

それでも何とか自転車操業で毎日をしのいでいる。

 6月からは仕事以外に我が家のメンテナンス作業が加わったので、益々慌しさを感じるようになった。

いつの間に我が家も築25年、私の体と同様あちこちで不具合が生じてきた。

このままではぼろ屋敷と化してしまうので、出産のために里帰り中の娘と相談しながら少しずつ直していくことにした。

まずボロボロになっていた畳を変えてみたら、こんどは壁紙の汚れが気になり始めた。

そこで畳屋さんに紹介してもらったクロス屋さんに1階と2階のクロスを張り替えてもらうことにした。

クロス屋も畳屋さんも良い方で、良心的なお値段で家中の部屋を25年前の新築状態に戻して下さった。


主がいなくなった夫の書斎の壁も張り替えることにした。

タバコのヤニで黄変した壁には夫の頭突きによる穴も空いていた。

机や本棚にうず高く積もった埃から長年使われていない部屋であることがわかっただろう。

きっとクロス屋さんは、

「この書斎の主は一体どうしてしまったんだろう。」

とその身を案じながら壁を張り替えていたのではないか。

壁がきれいになると、ますます部屋の汚さが際立つようになったので、

長年の懸案だった夫の部屋の断捨離を決行することにした。

「勝手に片づけてごめん。」とあやまりながら、まずは長年机の上に置かれた灰皿や本、メガネ等を整理した。

引き出しも順に開けていった。

Uniの細いボールペン、東急ハンズで買った小銭入れ、海外に送るグリーティングカード。

どれもシンプルで洗練されたデザインで彼のセンスの良さを再認識。

惜しむらくは新品の同じ物が何個もしまわれていたことだ。

最後に開けたひきだしからは珍しくお宝かもしれない外国製品が出てきた。

 新品のビクトリノックス社のアーミーナイフが2つ
 
 腕時計が5本。内訳はハミルトンが3本、フォッシュルが1本、ブランパンが1本。

彼がこれらの舶来時計をしているのを見たことがないので、

どうやら(私に隠れて)趣味で収集していたようだ。

どの時計の文字盤もオリエンタルな雰囲気が漂う、いかにも夫が好みそうなデザインである。

すべて知らないブランドだったので、お宝かどうかネットで調べてみることにした。

すると、この中のブランパンの時計が、とんでもなく高いことがわかり、

義務感で渋々と断捨離を実行していた私と娘のテンションが一気に高まった。

「ねえ、後ろがスケルトンになっているブランパンの時計、安くても100万円台で

これなんて1000万超えてるよ。」

「あっこれなんてお父さんのとほぼ一緒じゃない?わあ 300万もする。」

「じゃあ、明日売りに行こうよ、それでベビー用品買っちゃえ。」

「それならお父さんも喜んでくれるよ。」

こうして、翌日、私と娘は意気揚々とネットで探した評判の良い腕時計買取店にこれらの時計を携えて行った。

お店のスタッフは、夫の腕時計を鑑定しながら私に質問した。

「保証書はありますか?」

「あっありません。」

そういえば引き出しのどこにも時計の保証書が見当たらなかったなあ。

まず、ハミルトンについて、

「これは、違う時計バンドに付け替えていますね。・・・・一本1000円でしたら買い取らさせていただきます。

3本なので3000円ということで。」

「アーミーナイフは500円で。」

あれれ、そんなに安いとは思いもよらなかった。

そして、期待のブランパンの時計というと、

「これは、当社では鑑定しかねます。」

要は「本物である」という証拠が見いだせないということらしい。トホホ。
 
という訳で腕時計を売ったお金で流行のスタイリッシュな三輪のベビーカーを買おうという娘の計画は幻に終わった・・・。

「なーんだ、お父さんネットで偽物の安時計買ってたんだ。」

「まあ冷静に考えてみれば、お父さんが私たちに内緒で1000万円の腕時計を買う訳ないよね。」

「確かに、もしもそんなことしてたって今わかったら結構むかつくし・・だからこれで良かったんじゃない。」

「可愛い大人買いだったから許してあげようか。」
 
こうしてブランパンもどきの時計だけが夫の部屋にまい戻ってきた。

 夫がこの家から去ってから4年目、

今回クロスを張り替えたことで、夫に対する負の思いが完全に消えたことを実感した。

 今の私は、毎日夜遅くまで書斎でお酒をちびちび飲みながらネットでお買い得の腕時計を探していた昔の夫を

心からいとしい存在として思い浮かべることが出来る。

彼は過去の嫌だったこと、辛かったことを病気の進行に後押しされてきれいに浄化させることができた。

私もようやくその域に達することが出来たように思う。

思い切ってクロスを張り替えたことで、心もリセットできた。

この真っ白のクロスにこれからどんな思い出が刻まれるのか、楽しみだ・・・

もう二度と穴が開きませんように(笑)
プロフィール

ルッコラ

Author:ルッコラ
ルッコラとバジルが大好きです。
家族は夫と娘二人と黒いフレンチブルドッグのラッキー君。
2009年に若年性アルツハイマーと診断された夫は在宅介護と認知症専門病院の入院を経て、現在は有料老人ホームにいます。介護は初心者なので、どうぞ感想やアドバイスをお願いいたします。

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